第三巻
『向日葵』
(近代ヨーロッパ、古城の一室)

(1時の柱時計の音)

今宵は、或る哀しい吸血鬼の話でもしようか。
彼は、生まれついての魔族ではなかった。
真祖の戯れで魔性に堕とされた、憐れな青年。
四十四日間人の血を飲まなければ、思考を無くし無差別に人を喰らう死族となる、不完全な魔族。
人であった頃の記憶を残しながら人を襲わねばならぬ苦悩は、如何ほどの物であっただろうか。
自ら命を断つ事すら封じられた彼の慟哭が。
今宵も響き渡る。
十万五千七百三十二日目の夜。
満月と共に。
[An End]
荘厳な朧月夜に
悠然と翼広げ
鉄塔の先に立ち
今宵の獲物を定める
四十四日の周期
静かに降り立つ影
剥き出しの首筋に
近付いてゆく牙

血と引き換えの媚薬
極上悦楽の表情
全てを飲み干して
女は風化した
卷族の苦しみ
死族の飢え
味あわせぬよう
塵へと帰れ

Jesus,Jesus
空は
Jesus,Jesus
いつまでも変わらずに
Jesus,Jesus
我は
Jesus,Jesus
神に存在意義を問う

愛した者先に果てて
恨んだ者塵に変えて
同じ地獄を味わう
卷族すら増やせず

“我に終幕を”

永久に生きる孤独抱え
他者に触れる恐怖抱き
独り、古き城で眠り
四十四日ごとに街へ

Jesus,Jesus
人は
Jesus,Jesus
少しずつ変わりゆく
Jesus,Jesus
我は
Jesus,Jesus
神に存在意義を問う

“我に終幕を”
(3時の柱時計)

彼が魔族になり三世紀余り。
或る夜、初めて獲物を逃した。
首に牙を突き立てられる寸前、彼女は彼を見てこう言ったのだ。
“お寂しいのでしょう?”
と。
紅い目の彼に怯えず、真っ直ぐ瞳を見据えて。
…彼が三百年封じていた感情が。
堰を切ったように、溢れ始めた。
[向日葵]
陽の遺す熱
ゆらめく影が
嗚呼
絡む、淫らに
極彩色の花さえ焦がし
下弦の月が囁く

愛、最愛
抑えられぬ
愛、最愛
逃れられぬ
“初期衝動”

壊れたままのこの身から
空へと届く声が
まだ脈打つ事、覚えていた
今は祈り、止めないで
“あの夜から二人は惹かれ合い、古城近くの森にて再会を果たす。
結末は見ぬように。
終末は聞かぬように。
出会わせた神を、感謝しながら憎悪しよう。
愛を知れた事に。
愛を知ってしまった事に。”

貴女がくれた向日葵よ
いつまでも枯れないで

壊れたはずの心から
空へと届く歌が
まだ奏でる事、覚えていた
今は終わり、見せないで
(5時の柱時計の音)

幾度目かの約束の日。
森の静寂を切り裂いて聞こえてきたのは、愛する彼女の悲鳴であった。
彼はすぐに森の外れへ飛んだが。
彼女は異常な目をした村人に囲まれ。
松明に照らされた血溜りの中。
微動だにせず。
横たわっていた。
…彼の中の何かが弾け飛び。
彼は。
思考を止めた。
[貴女ニ見セラレヌ惨劇]
Genocide
Genocide
Genocide
Genocide

ああ奴らの罪なのだ
私の全てを壊した
ああ奴らを切り裂いて
抉り刻み潰し跡形も無くせ

紅く染めた
奴らでさえも許していたのか
紅く染まる
私の指で
瞳だけ閉じるから

Genocide
Genocide
Genocide
Genocide

ああ奴らの罰なんだ
魂を傷つけた者がどうなるか思い知るがいい
ああ奴らは毒蝿だ
潰せ潰せ潰せ潰せ潰し尽くせ

僅か、微か
耳に届いた
小さな鼓動が
僅か、微か
命が揺れる
切り裂いた、我が腕を

「私の呪われた血を、貴女に…。
卷族にしてしまう事、許しておくれ…。」
(鳥の鳴く声)

…もう夜明けか。
続きはまた、何時かの夜に。

(巨大蝙蝠が飛び立つ羽の音)






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